プロ野球を戦力外になったその後の人生に迫る!悲惨な運命を辿るものも・・・

プロ野球の世界を一言で表すと『弱肉強食』という表現が適しているのではないでしょうか?輝かしい実績を残し、引退後に監督業やコーチ業に就けるのはほんの一握りで、ほとんどが自分の意思とは関係なく、球団から戦力外通告を受けてユニホームを脱ぐことになる選手が大半です。そこで、戦力外通告を受けた選手の第二の人生に迫っていきたいと思います。そこには壮絶なドラマがありました。それではどうぞ!

プロ野球を戦力外になったその後は悲惨!?

1軍に帯同している選手の平均年俸が約4000万円とされているプロ野球の世界ですが、ひと昔前とは違い、現在では育成選手制度などもあり、球界内でも貧富の差が広がってきています。

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ちなみに育成選手というのは背番号が三桁で契約金などもあらず、年俸もその多くが200万円ほどで、二軍と三軍の試合にしか出れない、いわばドラフトで支配下選手として取るほどではないけれど、育成してみたら化けるかもしれないからお試しで契約してみようといったところでしょうか?

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こちらの画像はプロ野球生活に幕を下ろした後の希望進路をまとめたものになりますが、5位ににランクインされているプロ野球の監督業やコーチ業に関してはある程度の実績やキャリアが無いとお声が掛かるものではないので、実際に現実的なのかと言われるとそうではないのかもしれません…。ここ最近は現実思考になってきているのか会社員や高校野球の指導者というのが選手が希望する引退後の進路になってきているようです。

さて、ここから本題に入っていきますが輝かしいキャリアを残しているのにもかかわらず引退後の進路が過酷な元プロ野球選手や、一軍の試合にも出場していたあの選手の進路について迫っていきたいと思います。それではどうぞ!

一軍で実績を残した選手の戦力外のその後は?

村田修一(横浜ベイスターズ→読売ジャイアンツ)

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ベストナイン4回、ゴールデングラブ賞3回、本塁打王2回などの数々のタイトルを受賞し『第2回WBC』では日本代表として日の丸を背負ったほどの活躍をしていた村田修一は2017年のシーズン終了後に戦力外通告を受けました。

村田修一の戦力外には懐疑的な見方をしているファンも非常に多いようです。これだけ実績もあり、衰えたわけでもないのに戦力外になったのは、若返りを図る球団の編成方針が理由だったそうですが、オリックスからベテランの中島裕之を獲得するなど、もしかしたら村田修一の放出にはまた別の理由が隠されているのかもしれませんね。

ちなみに彼のその後の進路はというと、栃木に本拠地を構える『栃木ゴールデンブレーブス』という独立リーグに進み、NPBからのオファーを待っているとのこと。

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しかし2018年のシーズン中に現役引退を示唆するコメントを残し、NPBに選手として復帰する道に区切りを付けたようです。

来年、ユニホームを着て、どこかで野球を続けるのは考えにくい。ブレーブスのために最後まで野球をやるし、ともに戦ってきたみんなのために、最後までけじめとして野球をやる

これだけの選手だったわけですから恐らく今後、どこかの球団が指導者として向かい入れる可能性は非常に高いでしょう。今後の彼の活躍にも目が離せませんね!

G.G.佐藤(埼玉西武ライオンズ→フォルティチュード・ポローニャ→ロキテクノベースボルクラブ→千葉ロッテマリーンズ)

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西武ライオンズ時代にはヒーローインタビューのお立ち台で『キモティー』と絶叫していたのが非常に印象的だったG.G.佐藤ですが、パフォーマンスだけではなく気持ちいい程のフルスイングが彼の持ち味で、ファンもそんな姿に釘付けになっていたことでしょう。タイトルこそ獲得したことはないものの、月間MVPに2度、選出されるなど実績十分の選手だったと言えますね。

そんなG.G.佐藤は2014年に所属していた千葉ロッテマリーンズから戦力外通告を受けました。

2008年には北京オリンピックの代表選手にも選ばれたものの、守備面でエラーを連発してしまったことにより、かなり精神的に参ってしまったようでスランプに陥ってしまったことがきっかけとなり、西武ライオンズを退団。その後、海外で活躍し、日本球界に復帰したものの今度は西武ライオンズから非情な宣告をされてしまったとのことです。

そんな彼が現在、何をしているのかというと父親が経営している測量会社である『株式会社トラバース』で営業職として勤務しているようです。

以前に、住宅メーカに出向き、地盤調査と改良工事を受注するためのプレゼンを行った際のエピソードが語られていたのですが『野球人生は傾いたがお客さんの家は傾けないように』というジョークを交えながら商談を進めたとのこと。立派に営業マンを務めているようで、第二の人生でも活躍しているようです。

藤田宗一(千葉ロッテマリーンズ→読売ジャイアンツ→福岡ソフトバンクホークス→群馬ダイヤモンドペガサス)

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2000年には最多ホールドのタイトルを受賞するなど、貴重なセットアッパーとして活躍。2006年にはWBC日本代表に選出され、優勝メンバーに輝くなどファンの記憶にも新しい選手なのではないでしょうか?

2011年に福岡ソフトバンクホークスに育成選手として入団しその後、支配下登録されるも同年に戦力外通告を受け、退団。その後は独立リーグの群馬ダイヤモンドペガサスで選手兼任の投手コーチ補佐というポジションで活躍するも1シーズンで野球人生にピリオドを打ちました。

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そんな彼が現在何をしているのかというと、焼き肉屋を経営しているとのことです。

自身が焼き肉屋を始めて手掛けた『焼きゅう豚繁』では約1年程、赤字が続いたそうで、そこから『和牛ホルモン宗一』そして『肉まつり酒場宗一』へとリニューアルを繰り返していったことで黒字化に成功。軌道に乗り始めていた店舗を知人に譲り、現在は東京の新橋で『焼肉美酒NIKUZUKI』を経営しているとのこと。野球選手は引退してから飲食業界に進出するケースが非常に多いですが、なかなか上手くいかないことも多い中で、このように繁盛店を一から作り上げたのは、血の滲むような努力が実った証なのかもしれませんね。

主に二軍が主戦場だった選手の戦力外のその後は?

辻内崇伸(読売ジャイアンツ)

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高校野球の名門『大阪桐蔭高校』の出身で、甲子園ではMAX156キロのストレートを武器に1試合19奪三振という快挙をやってのけ、2005年に読売ジャイアンツにドラフト1位で鳴り物入りで入団した辻内崇伸ですが、プロ入り後は度重なる怪我に悩まされ、一度も一軍で登板する機会もないまま2013年に戦力外通告を受け、現役を引退することになりました。

そんな彼が現在何をしているのかというと、日本女子プロ野球を支援する株式会社わかさ生活で働いているようで、女子プロ野球の埼玉アストライヤでヘッドコーチも務めているとのこと。

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ちなみに気になる現在の年収はというと、およそ450万円だそうです。

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2018年には同球団の監督として采配を振るっていましたが、チームが低迷した責任を取る形でわずか1シーズンで監督を退任・退団したとのことですので、今後は社業に専念することになるのでしょう。

大嶋匠(北海道日本ハムファイターズ)

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2011年に北海道日本ハムファイターズからドラフト7巡目指名を受けたことでプロ野球の世界に足を踏み入れた大嶋匠ですが、なんと野球部ではなくソフトボール部からのプロ入り選手ということで、当時なにかと話題になりましたね。

野球をやっていたのは小学生のころだけという異例の経歴を持ってプロ野球の世界に足を踏み入れたわけですが、やはり現実はそんなに甘くなかったということでしょう。プロ入り直後の紅白戦では初打席・初本塁打というド肝を抜かれるような衝撃デビューを果たしたものの、一軍で打席に立ったのは一打席だけでしたね…。

そんな彼が現在何をしているのかというと、実は高校時代から、ソフトボールの強豪である高崎市役所に進みたかったという願望があったようで、その夢が叶ったとのこと。

ソフトボール業界の発展にも貢献していきたいと語っていたそうなので、今後の彼の活躍にも目が離せませんね!

大田阿斗里(横浜DeNAベイスターズ→オリックス・バファローズ)

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帝京高校時代に2007年春のセンバツ高校野球に出場し、1試合20奪三振を記録するなどそのポテンシャルを高く評価し横浜ベイスターズが3巡目で指名。しかし、プロ野球生活の8年間で一軍登板がわずか69試合とプロの世界で輝きを放つことは出来ませんでした。

そんな彼は警視庁の採用試験に見事、合格したようで第4機動隊の硬式野球部でも活躍しているようです。

不祥事を起こし戦力外になった選手のその後は?

奥浪鏡(オリックス・バファローズ)

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甲子園出場経験はないものの、高校通算71本塁打の長打力を買われ、2013年にオリックス・バファローズが6巡目で指名。高校時代に岡山のイデホと呼ばれた奥浪鏡ですが、入団2年目にフレッシュオールスターに出場。3年目にはチーム最多となる8本塁打を記録するなど将来を嘱望されていた注目株でした。しかし順風満帆な野球人生を送っていくのかと思いきや、まさかの不祥事を起こしてしまいます。

なるほど。現役時代から素行の悪さは有名だったようですね。この無免許運転をきっかけにチームを退団するも、その後はもっと悲惨な運命に見舞われているようです。

児童買春から詐欺事件まで、もはや過去の輝きも見る影がなくなっているようですね…。しっかりと更生して第二の人生を歩んでいってほしいものです。

笠原将生(読売ジャイアンツ)

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2008年にドラフト5位で読売ジャイアンツに入団。二軍で開幕投手を務めるなど着実に実績を積んでいき2013年からは中継ぎや先発として一軍でフル回転の活躍を見せるなどチームになくてはならない存在へと成長していた笠原将生ですが、そんな彼が2015年に球界や世間を騒がせた大事件を起こしてしまいました。

野球賭博に関与していたとのことで、無期限失格処分とされてしまい二度と日本のプロ野球に姿を見せる可能性が無くなってしまいました。ちなみに笠原将生はこの事件について『寮やロッカールームで日常的に賭け事をしており感覚が麻痺していた』とのコメントを残しています。

そんな彼は現在、ホストクラブで勤務している傍ら、Youtuberとして活動しているようです。

野球の技術やメンタル面などの内容や球界の裏話、球界を追放されることになった野球賭博に関しての動画などを投稿しており、視聴者からもなかなか好評のようです。気になる方は一度、チェックしてみてくださいね!

大嶺翔太(千葉ロッテマリーンズ)

出典:tsukasastyle.com

大嶺翔太は2009年にドラフト3巡目で千葉ロッテマリーンズに入団。しかし入団前に未成年であるにもかかわらず飲酒と喫煙が発覚し沖縄県警に補導されるというアクシデントが発生し、その問題児ぶりは球界に瞬く間に広まってしまいました。

プロ入り5年間で一軍と二軍を行ったり来たりのパッとしない成績だったわけですが2018年に多額の借金があることが債権者から球団に直接問い合わせがあったことで発覚してしまい、これがきっかけで球団を退団することになりました。球団側は慰留したとのことから将来性を買っていたのでしょうね。

そして野球界から姿を消した大嶺翔太ですが、更なる事件が明るみになり2019年2月に逮捕されてしまったとのこと。

知人のスポーツライターからお金を借りようとしたところ断られたとのことで恐喝未遂に発展してしまったようです。

40万円を貸してくれ。反社会勢力の関係者が知人にいる。応じないと面倒になる

メールでこのような文章を送り付けたということなんですね。ちなみにこのスポーツライターには複数回に渡り200万円ほど借金をしていたようで、トラブルになっていたそうです。

野球界から足を洗い、その後このような事件が後を絶たないのは居た堪れない気持ちになりますね…。

いかがでしたでしょうか?

華やかなイメージのあるプロ野球界ですが、引退したことをきっかけに思わぬ事件を起こしてしまった選手がいるなど現役の時のイメージとはかけ離れてしまっている元選手も非常に多いようですね…。

現役時代に輝かしい実績を残せた選手もそうでない選手も、第二の人生が実り多きあるものであるよう心からお祈りしております。

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